6. 標的市場設定
標的市場設定とは
Section titled “標的市場設定とは”市場を細分化すると、顧客ごとに異なるニーズが見えてきます。しかし、すべての顧客に同じだけ人員・資金を使うことはできません。**標的市場設定(ターゲティング)**は、分けた市場の中から、自社が価値を届ける対象を選ぶことです。
第5回の市場細分化で扱った STP は、顧客の違いに応じて市場を分ける S、対象を選ぶ T、顧客にどのような価値を認識してもらうかを考える P の流れです。対象を選んだ後も、顧客の反応や競合の動きを見て見直します。
この記事では、地域の飲食店などに食材を卸す架空の青葉商店を例にします。青葉商店は小口配送に経験がありますが、人員と配送車両には限りがあります。
1. 標的市場設定の3つの基本方法
Section titled “1. 標的市場設定の3つの基本方法”標的市場への向き合い方は、代表的に無差別型・差別型・集中型の三つに分けられます。名称は資料により「無差別マーケティング」「差別化マーケティング」などとも表記されます。
| 方法 | 考え方 | 青葉商店の例 | 利点と注意点 |
|---|---|---|---|
| 無差別型 | 顧客の共通するニーズに注目し、広い市場に共通の施策を使う | 飲食店と給食施設に同じ定番品・配送条件を提供 | 標準化しやすい一方、顧客ごとの細かな要望に合わないことがある |
| 差別型 | 複数の市場を選び、それぞれに合う施策を用意する | 小規模店には小口配送、施設には定期まとめ配送を提供 | 各市場に合わせやすい一方、運用・在庫・管理が複雑になり費用が増えることがある |
| 集中型 | 一つまたは限られた市場に資源を集中する | 小規模飲食店の小口・短納期に特化する | 限られた資源を活かしやすい一方、対象市場の縮小や競合参入の影響を受けやすい |
無差別型は、顧客の差が存在しないという意味ではありません。共通するニーズに対して共通の施策を選ぶ方法です。差別型と集中型のどちらも、対象としない顧客の要望を知ったうえで、何に対応するかを決めることが大切です。公式の出題例でも、この三つが取り上げられています。
例題:どの方法に当たるか
Section titled “例題:どの方法に当たるか”青葉商店が、既存顧客全体に同じ食材セットを同じ配送条件で提供するとします。一方、顧客の要望を調べたうえで、小規模店向けと給食施設向けに異なるセットと配送条件を用意する案もあります。
前者は共通の施策を使う無差別型、後者は複数の市場に別々の施策を使う差別型です。小規模店だけに絞って小口配送を充実させる場合は集中型です。分類は、商品数だけでなく、どの市場にどの施策を行うかで判断します。
2. 製品・市場の組み合わせによる方法
Section titled “2. 製品・市場の組み合わせによる方法”標的市場の選択には、どの製品を、どの市場へ提供するかという観点もあります。これは上の三つの基本方法とは異なる切り口です。資料によって呼称や分類が異なる場合があります。
ここでは製品を「定番食材」「下処理済み食材」「緊急配送付きセット」、市場を「小規模飲食店」「給食施設」「宿泊施設」とします。
| 選択の形 | どう選ぶか | 青葉商店の例 |
|---|---|---|
| 単一セグメント集中 | 一つの製品・市場の組み合わせに集中する | 小規模飲食店向けの緊急配送付きセットに集中 |
| 選択的専門化 | 相性のよい複数の組み合わせを選ぶ | 飲食店向け緊急配送と、給食施設向け下処理済み食材を提供 |
| 製品専門化 | 特定の製品を、複数の市場に提供する | 下処理済み食材を飲食店・給食施設・宿泊施設に提供 |
| 市場専門化 | 特定の市場に、複数の製品を提供する | 小規模飲食店に定番品・下処理品・緊急配送を提供 |
| 全市場対応 | 複数の製品で広い市場を対象にする | 各施設向けに、必要な複数の食材・サービスを提供 |
全市場対応は、すべての市場に同一の施策を使う方法だけを意味しません。共通の施策を使うことも、各市場に合わせて施策を変えることもあります。製品・市場のどこを選ぶかと、市場ごとに施策を変えるかは、別々の軸として整理できます。
なお、ここでの組み合わせは対象の選び方です。製品・市場マトリクスで扱った、市場浸透・市場開拓・製品開発・多角化という成長の方向とは目的が異なります。
3. 標的市場設定の判断要因
Section titled “3. 標的市場設定の判断要因”市場が大きいことだけで、対象にするべきだとは決まりません。市場の魅力、自社の能力、競合、事業目的を合わせて検討します。
| 判断要因 | 確認する問い | 青葉商店の例 |
|---|---|---|
| 市場規模・成長性 | 顧客数や需要はどのくらいあり、今後どう変わるか | 対象地域の飲食店数と小口注文の傾向を調べる |
| 顧客のニーズ | 何に困り、どんな価値に費用を払うか | 欠品防止、価格、配送時間の優先度を聞く |
| 競争環境 | 競合の強み、代替手段、価格圧力はどうか | 大手の最低注文量や配送条件を調べる |
| 自社の資源・能力 | 商品、人員、設備、配送、情報、資金は足りるか | 車両の空き時間や受注処理能力を測る |
| 到達・実行可能性 | 対象に情報を届け、サービスを継続提供できるか | 営業手段、配送地域、注文方法を確認する |
| 収益と資金 | 売上だけでなく、増分費用と資金をまかなえるか | 受注・仕分け・配送・投資・回収条件を見積もる |
| 戦略・社会との整合 | 自社の目的、強み、顧客・地域への影響に合うか | 無理な納期が従業員や取引先に負担を生まないか |
市場規模や成長率は推定値です。出典・対象・期間を明示し、顧客調査、競合情報、実績データを組み合わせます。顧客数が多くても、自社がその全員に販売できるわけではありません。到達できる範囲と販売能力を別に考えます。
製品や市場の特性による違い
Section titled “製品や市場の特性による違い”三つの基本方法を選ぶ際には、次のような条件も考えます。ただし、どの条件でも一つの方法が必ず正解になるわけではありません。
- 自社の資源:人員・資金が限られる場合、集中型で特定の課題に絞る選択肢がある。
- 製品とニーズの違い:顧客の要求が似ていれば共通の施策を、違いが大きければ差別型を検討する。
- 製品の段階:導入当初は品目や対象を絞り、反応を見ながら広げる方法もある。
- 競合の戦略:競合と同じ市場に正面から挑むか、異なる価値や市場を選ぶか考える。
- 市場の変化:集中する市場が変化した場合の代替案を用意する。
4. 例題:二つの市場の採算を比べる
Section titled “4. 例題:二つの市場の採算を比べる”青葉商店が、追加投資を行った場合の月間の増分を試算します。どちらか一方を選び、数量・単価・費用が表のとおり実現すると仮定します。税金や他の影響は考慮しません。
| 項目 | A:小規模飲食店 | B:給食施設 |
|---|---|---|
| 追加売上 | 100万円 | 160万円 |
| 商品に直接対応する増分費用 | 60万円 | 112万円 |
| 受注・配送などの追加費用 | 20万円 | 12万円 |
| 追加利益 | 20万円 | 36万円 |
計算は、Aが100万円 − 60万円 − 20万円 = 20万円、Bが160万円 − 112万円 − 12万円 = 36万円です。Bの追加利益が大きい一方、この表だけでは対象を確定できません。給食施設に対応するための設備投資、入金までの期間、衛生管理、競合、契約継続の不確実性、失注した場合の影響を検討します。
例えばBのために毎月新たに発生する固定費が20万円なら、Bの追加利益は36万円 − 20万円 = 16万円となります。この固定費が既に発生しており選択しても増えない場合は、同じように差し引くべきではありません。設備投資など複数年の判断では、投資額と将来の現金収支・時期も確認します。差額原価収益分析と投資を伴う意思決定を参照してください。
需要や費用が不確実なときは、基準・上振れ・下振れの複数のケースを作ります。過去の販売実績だけでは、新市場への進出後の反応を保証できません。
5. 標的市場選択の戦略
Section titled “5. 標的市場選択の戦略”対象市場を選ぶときは、魅力だけでなく、そこで競合と異なる価値を提供できるかを確認します。小さな市場でも、顧客の課題に合い、自社が継続的に対応できれば選択肢になります。反対に、成長市場でも、価格競争が激しく、自社の能力と合わなければ成果を得られないことがあります。
- 広い市場に共通の価値を届ける:共通の需要が大きく、標準化による効率を活かせるか。
- 複数市場に異なる価値を届ける:それぞれのニーズに応える利益が、複雑化する費用を上回るか。
- 限定した市場に集中する:深く理解して選ばれる強みがあるか。集中による依存リスクに備えられるか。
市場選択と、コスト優位・差別化などの競争の仕方は関連しますが同じではありません。集中した市場で低コストを目指す場合も、独自の価値で差別化する場合もあります。競争戦略で詳しく扱っています。
6. ポジショニング:顧客の頭の中でどう選ばれるか
Section titled “6. ポジショニング:顧客の頭の中でどう選ばれるか”ポジショニングは、対象顧客が競合と比べて自社の商品・サービスをどのように認識するかを考え、狙う位置を明確にすることです。「短納期が得意」と自社が宣言するだけでは成立しません。顧客にとって重要な価値であり、実際の提供と説明の両方で確かめる必要があります。
ポジショニング・マップの例
Section titled “ポジショニング・マップの例”青葉商店が小規模飲食店に聞き取りを行い、「価格」と「納期の早さ」が仕入先選びに重要だという仮説を立てたとします。次の表は説明用の架空の認識例です。
| 納期が比較的遅い | 納期が比較的早い | |
|---|---|---|
| 価格が低い | 競合A:まとめ配送 | 該当する例なし |
| 価格が高い | 競合B:専門食材 | 青葉商店:小口・短納期 |
このような表や図は、競合との違いと、顧客が重視する価値を議論するために使います。表の空欄は事業機会の証拠ではありません。顧客が必要としない、採算が合わない、供給が難しいなどの理由があるかもしれません。価格と納期以外にも、品質、品ぞろえ、欠品、最低注文量などが重要な場合があります。
顧客調査で実際に使った評価軸、対象者、サンプル数、調査時期を明示し、複数の顧客の認識のばらつきを確認します。ポジショニングは競合が変われば変化するため、継続的な確認が必要です。
狙う位置を実際の活動にする
Section titled “狙う位置を実際の活動にする”青葉商店が「小規模飲食店に、必要な量を短納期で届ける」と決めた場合、マーケティング・ミックスを次のように整えます。
| 項目 | 具体的な設計例 |
|---|---|
| 製品・サービス | 小口注文と、必要な品目の安定供給 |
| 価格 | 小口対応に必要な費用を踏まえた料金・条件 |
| 流通 | 対象地域、注文締切、配送時間を明確にする |
| 伝え方 | 対応できる範囲と納期を、誤解のないように説明する |
| 活動・管理 | 受注、仕分け、配送を連携し、欠品・遅延と顧客別採算を測る |
約束した価値を届けられなければ、顧客の認識と自社の狙いはずれます。納期遵守率、欠品、継続率、顧客の声に加え、注文・配送の活動量と採算を定期的に確認します。数字の変化が施策によるものかどうかは、季節や競合などの影響も考えて判断します。
- 全顧客に同じサービスを提供する方法、小規模店と施設に異なるサービスを提供する方法、小規模店だけに集中する方法は、それぞれ何と呼びますか。
- 一つの製品を複数の市場に提供する方法と、一つの市場に複数の製品を提供する方法は、それぞれ何ですか。
- 例題Bで、新たに毎月10万円の固定費が必要な場合、他の条件が同じなら追加利益はいくらですか。
- ポジショニング・マップで競合がいない場所は、必ず狙うべき市場ですか。
- 小口・短納期を掲げても配送能力を確保していない場合、どんな問題がありますか。
解答・解説
- 順に無差別型、差別型、集中型です。どの市場にどの施策を提供するかで考えます。
- 前者は製品専門化、後者は市場専門化です。
- Bの36万円から新たな固定費10万円を引き、26万円です。他の増分や投資は考慮していません。
- 必ずしもそうではありません。顧客の需要、競争、採算、供給能力を確かめます。
- 顧客に約束した納期を守れず、狙う位置と実際の経験が一致しない可能性があります。価値の説明と受注・配送の能力を整合させます。