10. 価格戦略
価格戦略は何のためにあるのか
Section titled “価格戦略は何のためにあるのか”「競合より安くすれば売れる」「原価に利益を上乗せすれば価格が決まる」と考えがちですが、顧客が価値を認めるか、販売数量がどう変わるか、必要な活動を続けられるかは、それだけでは分かりません。
価格戦略は、対象顧客に届ける価値、需要、競合、原価、流通や事業の目的を考慮し、価格と取引条件を決めて見直す方針です。価格は売上に直接影響するだけでなく、品質やブランドの印象、販売数量、取引先との関係にも影響します。
この記事では、架空の青葉食品が家庭向けの一食分の食材セットを発売する例を使います。金額は断りのない限り税抜きの仮定で、税金や他の費用・条件を省いた説明用の数値です。実際の価格を決める際は、取引形態と表示に必要な条件を確認します。
1. 価格戦略の目標
Section titled “1. 価格戦略の目標”価格は、何を目指すかによって選び方が変わります。複数の目標が両立することも、衝突することもあります。
| 目標 | 価格を考える視点 | 注意点 |
|---|---|---|
| 利益・資金の確保 | 売上から必要な費用を賄い、事業を続ける | 高い単価が常に高い利益につながるわけではない |
| 販売数量・市場への浸透 | 利用しやすい条件で購入・試用を促す | 数量増に伴う原価や供給能力を確認する |
| 顧客の継続・関係 | 長く利用しやすい条件を作る | 値引きだけに頼ると、価値や採算を損なう場合がある |
| 品質・ブランドの位置づけ | 提供価値と価格の印象を整合させる | 高価格を掲げるだけで品質への信頼は生まれない |
| 競争への対応 | 競合価格と自社の差別化を踏まえる | 競合追随が自社の原価や強みと合うとは限らない |
短期の利益、長期の顧客関係、現金収支などは一致しないことがあります。目的と測定期間を明示し、経営の基本と管理会計と結び付けます。
2. 価格設定に関係する要因
Section titled “2. 価格設定に関係する要因”| 区分 | 主な要因 | 確認する問い |
|---|---|---|
| 顧客・需要 | 顧客が感じる便益、支払意思、購入量、代替品 | 何に価値を感じ、価格変更にどう反応するか |
| 競争・市場 | 競合の価格や提供条件、参入、流通 | 価格差に見合う違いがあり、競合はどう反応するか |
| 自社の原価・能力 | 材料、作業、配送、固定費、設備能力 | 数量が変わると何の費用が増減するか |
| 戦略・ブランド | 標的顧客、品質、ポジショニング | 他の製品・サービスと価格の位置づけは整合しているか |
| 取引条件 | 値引き、支払時期、返品、配送 | 表示価格以外に顧客や自社が負担するものは何か |
| 法規・社会 | 公正な競争、価格表示、消費者への説明 | 取引や表示が適切で、継続可能か |
価格を上げると需要が減ることがありますが、その反応の大きさは商品や顧客、期間により異なります。値上げによる数量の変化率を価格の変化率と比べる考え方は需要の価格弾力性で扱います。過去の値上げと売上の関係だけで、他の要因を除いた因果効果は決まりません。
3. 価格設定の主な方法
Section titled “3. 価格設定の主な方法”| 方法 | 考え方 | 利点と注意点 |
|---|---|---|
| 原価志向 | 原価をもとに利益や費用の回収を考える | 計算しやすいが、顧客の支払意思や数量の変化を別途確かめる必要がある |
| 需要・価値志向 | 顧客が感じる便益や支払意思を考える | 顧客にとっての価値を重視できるが、調査の前提と供給費用を確認する |
| 競争志向 | 競合の価格や取引条件を参考にする | 市場での比較に役立つが、競合と自社の原価や価値は同じとは限らない |
いずれか一つだけで価格が決まるとは限りません。原価から継続可能性を検討し、顧客価値と需要を調べ、競合価格と比べたうえで、数量・利益・資金の複数のケースを試算します。
例題:原価への上乗せと売価に対する粗利率
Section titled “例題:原価への上乗せと売価に対する粗利率”仕入原価が400円の商品を考えます。
- 原価に25%を上乗せ:400円 × 1.25 = 500円。粗利益は100円で、売価に対する粗利率は100円 ÷ 500円 = 20%。
- 売価に対する粗利率を25%にする:400円 ÷(1 − 0.25)= 約533.33円。表示価格を実際に決める際は、端数や税などの条件を別途考えます。
「原価の25%を上乗せ」と「売価の25%を粗利益にする」では、分母が異なります。また、粗利益は仕入原価を引いた金額であり、人件費・家賃などを引いた最終的な利益ではありません。
4. 新製品の価格設定
Section titled “4. 新製品の価格設定”新製品では、需要の不確実性が高く、顧客の価値評価や競合の反応を確認しながら調整します。代表的な考え方には次の二つがあります。
| 方法 | 考え方 | 向く可能性がある条件と注意点 |
|---|---|---|
| 上澄み吸収価格(スキミング) | 導入時に比較的高い価格を設定し、価値を高く評価する顧客から販売する | 独自性や支払意思を検証する必要があり、競合参入や需要の小ささにも注意する |
| 市場浸透価格 | 導入時に比較的低い価格を設定し、試用や普及を目指す | 数量増に対応する能力と採算を確認し、低価格からの変更が難しくなる可能性を考える |
高価格なら必ず開発費を回収できるわけでも、低価格なら必ず普及するわけでもありません。対象顧客の反応、競合、供給量、長期のブランドや利益への影響を見ます。製品ライフサイクルと新製品開発も参照してください。
5. 流通業者への価格政策
Section titled “5. 流通業者への価格政策”メーカー、卸売業者、小売業者が関わる場合、それぞれが取引に必要な費用や役割を負います。メーカーが受け取る価格と、小売店が消費者に販売する価格は同じではありません。
| 政策・条件 | 目的の例 | 検討すること |
|---|---|---|
| 取引機能に応じた条件 | 保管、配送、販売、販促などの役割を考慮する | 誰がどの活動と費用を負担するか |
| 数量に応じた値引き | 発注や配送の効率化を促す | 数量増による実際の費用変化と取引条件 |
| 早期支払いに応じた条件 | 入金までの期間や回収の不確実性を考える | 値引きの負担と資金上の効果 |
| 販促に関する条件 | 店頭での案内や共同の販促を行う | 実施内容、費用負担、顧客への表示 |
割引の名称だけで有利・不利は判断できません。例えば大量購入で配送件数が減っても、保管費や返品が増える場合があります。条件ごとの増分利益と資金への影響を確認します。
再販売価格の拘束に注意:メーカーなどが流通業者の販売価格を拘束することは、原則として独占禁止法上問題となります。希望価格の提示でも、実際に拘束するための行為がないかを含め、取引の実態が重要です。一定の商品には法律上の例外もあります。詳しくは公正取引委員会の指針を確認してください。
6. 小売業などでの価格政策
Section titled “6. 小売業などでの価格政策”| 政策 | 概要 | 例と注意点 |
|---|---|---|
| マークアップ | 仕入原価と必要な粗利益を踏まえて売価を考える | 粗利率の分母や値引き・廃棄を確認する |
| 端数価格 | 価格の端数を使って見せ方を工夫する | 表示価格と実際の支払額が分かるようにする |
| 期間限定の値引き | 一定期間、価格や条件を変更する | 比較する元の価格の根拠、期間、数量を明確にする |
| セット価格 | 複数の商品をまとめて価格を設定する | 単品からの移行や、各商品の原価・代替関係も確認する |
| 時間・条件による価格 | 時間帯や予約条件などで価格を変える | 顧客への説明、条件の公平さ、管理の複雑さを考える |
例えば食材セットの値引きで販売数が増えても、通常価格で買う予定だった人まで値引きで買うと、全体の利益は下がる場合があります。特定商品の数量だけでなく、他の商品への影響、廃棄、販促費を含めて評価します。
7. 企業の価格行動と競合への対応
Section titled “7. 企業の価格行動と競合への対応”企業は、仕入原価や需要の変化に応じて、値上げ、値下げ、容量・サービス内容の変更、価格の維持などを検討します。競合が値下げした場合も、直ちに同じ幅で下げるとは限りません。
たとえば青葉食品の競合が安く販売し始めたとします。青葉食品は、価格だけでなく、内容量、品質、配送、顧客が求める価値、値下げで必要になる販売数量、自社の能力を確認します。値下げ、条件を変えずに価値を伝える、サービスや費用構造を見直すなどの選択肢を比較します。
競合の対応を推測だけで決めつけず、販売データと顧客の声を継続的に確認します。一方、競争事業者との価格に関する取り決めなどは、独占禁止法上の問題となる場合があります。公正取引委員会の案内を参照してください。
8. 価格戦略の決定プロセス
Section titled “8. 価格戦略の決定プロセス”- 対象顧客と目的を定める:誰にどの価値を提供し、利益・数量・継続など何を目指すか決める。
- 需要と価値を調べる:購入場面、代替手段、支払意思、価格変更への反応を調べる。
- 費用と能力を整理する:変動費・固定費、追加で必要な活動、供給能力、投資を確認する。
- 競合・流通条件を確認する:価格だけでなく品質、配送、返品、入金時期なども比べる。
- 複数の価格案を試算する:数量・値引き・費用の前提を置き、利益と資金を比較する。
- 法規と表示を確認して実行する:取引条件と実際の表示が一致するか確かめる。
- 結果を測り、見直す:数量、値引き後単価、限界利益、顧客の反応、競合の変化を追う。
販売数量は価格以外の影響も受けます。販促や季節、競合、欠品などの変化を記録し、結果から結論できる範囲を考えます。マーケティング・リサーチや販売計画ともつながります。
9. 例題:値引きと利益を比較する
Section titled “9. 例題:値引きと利益を比較する”青葉食品が、現在の価格と値引き案を比較します。1個当たり変動費は両案とも350円、月間固定費は15万円で変わらず、販売数量は以下のとおり実現すると仮定します。
| 現在の価格 | 値引き案 | |
|---|---|---|
| 1個当たり価格 | 600円 | 550円 |
| 月間販売数量 | 1,000個 | 1,200個 |
| 売上 | 60万円 | 66万円 |
| 変動費 | 35万円 | 42万円 |
| 限界利益 | 25万円 | 24万円 |
| 固定費控除後 | 10万円 | 9万円 |
値引き案は売上が6万円増えますが、限界利益は1万円減ります。売上の増加だけで、利益が増えるとは判断できません。この例では、値引き案で現在と同じ限界利益25万円を得るには、25万円 ÷(550円 − 350円)= 1,250個の販売が必要です。
これは固定費が変わらず、1個当たり変動費も一定という仮定での計算です。販促費、設備増強、廃棄、既存商品の販売減、税金などがあれば別途考えます。数量の見通しが不確実なときは、複数のケースで比較します。CVP分析と価格決定と原価計算も参照してください。
10. 関連法規と価格表示
Section titled “10. 関連法規と価格表示”価格の設定や表示は、取引相手、商品、表示方法などにより適用される法令や条件が異なります。以下は確認の入口であり、個別の適法性を判断するものではありません。
| 論点 | 確認すること | 公的資料 |
|---|---|---|
| 景品表示法・二重価格表示 | 「通常価格」と比較する場合、その価格に根拠があり、実際より著しく有利と誤認させないか | 消費者庁:二重価格表示 |
| 独占禁止法 | 再販売価格の拘束や、競争を不当に制限する取り決め、不当廉売などに当たらないか | 公正取引委員会:流通・取引慣行の指針 |
| 消費税の総額表示 | 消費者向けにあらかじめ価格を表示する際、対象となる取引で税込価格を適切に示しているか | 国税庁:総額表示 |
「通常価格の半額」と表示するなら、比較価格が何を表し、条件に適合するかを確認します。消費者向けの総額表示の対象・方法などは取引形態に応じて確認します。法令やガイドラインは更新されるため、実施時点の公的資料を参照し、必要に応じて専門家に相談します。
- 仕入原価400円に25%を上乗せした売価と、その売価に対する粗利率はいくらですか。
- 新製品を比較的低い価格で導入し、普及を目指す方法は何ですか。
- 例題の値引き案で、現在と同じ限界利益25万円を得るには何個必要ですか。
- ある商品の値引きで販売数が増えても、事業全体の利益が増えないのはなぜですか。
- 「通常価格より半額」と表示するとき、何を確認しますか。
解答・解説
- 売価は500円、粗利益は100円、売価に対する粗利率は**20%**です。原価への上乗せ率と売価に対する粗利率は分母が異なります。
- 市場浸透価格です。普及や採算は価格だけで決まらず、需要と供給能力を確認します。
- 1個当たり限界利益は200円なので、25万円 ÷ 200円 = 1,250個です。固定費や他の費用が変わらない仮定です。
- 1個当たりの限界利益の減少、販促費、他商品の売上減、追加能力や廃棄などが影響するためです。
- 比較する価格の根拠、実際の販売状況、期間や条件を確認し、誤認を招かない表示にします。