2. マーケティング・コンセプト
なぜ考え方を学ぶのか
Section titled “なぜ考え方を学ぶのか”同じ売上の減少に直面しても、「もっと大量に作って安くする」「広告を増やす」「顧客が何に困っているかを調べる」では、選ぶ行動が変わります。こうした判断の背後にある、企業が市場や顧客とどう向き合うかという基本的な考え方が、マーケティング・コンセプトです。
第1回のマーケティング概念では顧客価値や市場環境を扱いました。ここでは一歩進めて、企業の視点がどのように広がってきたか、顧客の満足と社会・環境への影響をどう考えるかを学びます。
マーケティング・コンセプトの発展過程
Section titled “マーケティング・コンセプトの発展過程”発展過程は、企業が重点を置く問いの違いとして整理できます。実際には業界や時代、地域によって複数の考え方が共存します。すべての企業が同じ順番で進化するわけではありません。
| 考え方 | 主な問い | 弁当店の例 | 注意する点 |
|---|---|---|---|
| 生産志向 | 効率よく作り、手に入れやすくできるか | 大量調理で原価を下げる | 作る効率だけでは、顧客の求める商品と一致しないことがある |
| 製品志向 | 品質や機能を高められるか | 食材や味を改良する | 作り手が良いと思う改良が、顧客に必要とは限らない |
| 販売志向 | できた商品をどう売るか | チラシや営業を強化する | 顧客の課題と商品の不一致は、宣伝だけでは解消しにくい |
| マーケティング志向 | 顧客は何を求め、どんな価値を感じるか | 待ち時間を調べ、予約受取を設ける | 顧客ごとに求める価値や支払意思は異なる |
| 社会志向 | 顧客の満足、事業の継続、社会の長期的な利益をどう考えるか | 予約で待ち時間と食品ロスを減らし、働く人の負担も確認する | 顧客・企業・社会の利益が常に一致するとは限らない |
生産効率や商品品質は現在も重要です。顧客の求める価値から考え、必要な品質と価格、提供方法を選ぶことで、これらを活かせます。さらに社会志向では、現在の顧客だけでなく、取引先、従業員、地域、将来世代などへの影響も視野に入れます。
社会志向とソーシャル・マーケティングの違い
Section titled “社会志向とソーシャル・マーケティングの違い”どちらも「社会」を扱いますが、注目する問いが違います。日本語の資料では訳語が重なる場合があるため、用語だけでなく文脈を確認しましょう。
| 社会志向マーケティング(societal marketing) | ソーシャル・マーケティング(social marketing) | |
|---|---|---|
| 主な考え方 | 企業のマーケティング判断に、顧客の満足と社会の長期的な利益を組み込む | 社会や人々に役立つ行動を促すため、マーケティングの考え方を使う |
| 主な問い | この商品の設計や販売は、顧客・事業・社会にどんな影響を与えるか | 対象者が望ましい行動を取る際の障壁は何か、どう減らすか |
| 例 | 容器の環境負荷と利便性を比較し、事業として続けられる方法を選ぶ | 健診を受けやすくする予約・案内を整え、受診行動を促す |
ソーシャル・マーケティングは、自治体や非営利団体だけでなく、企業などが実施する場合もあります。SNSを使った宣伝(ソーシャルメディア・マーケティング)とは別の概念です。CDCの資料も、対象者や社会に役立つ行動への働きかけとして説明しています。
例題:健康診断を受ける人を増やす
Section titled “例題:健康診断を受ける人を増やす”架空の自治体で、健康診断の案内を郵送しても受診者が増えません。そこで対象者に聞くと、「必要性は分かるが、平日は仕事で行けない」「予約方法が分かりにくい」という声がありました。
「受診しましょう」と伝えるだけでなく、休日の受診枠、短時間でできる予約、分かりやすい案内を検討します。このとき、行動する人の時間や手間も、行動に伴う負担として考えます。案内人数、予約率、受診率、対象者の属性を記録し、利用しにくい人が残っていないか確認します。前後の受診率だけでは、同時期に起きた他の変化を区別できないため、可能なら条件をそろえた比較も行います。
エコロジカル・マーケティングとグリーン・マーケティング
Section titled “エコロジカル・マーケティングとグリーン・マーケティング”どちらも環境との関係を重視しますが、文献によって定義や範囲には重なりがあります。ここでは次のように整理します。
- エコロジカル・マーケティング:企業や消費の活動が生態系や資源に及ぼす影響を広く捉え、環境問題とマーケティングの関係を考える視点。
- グリーン・マーケティング:環境への負荷を考慮した商品・サービスの開発、包装、流通、回収、伝え方などの取り組み。AMAも環境への影響を考慮した製品や活動に関する用語として説明しています。
例:弁当容器の見直し
Section titled “例:弁当容器の見直し”弁当店が使い捨て容器から回収・洗浄する容器への変更を検討します。容器のごみが減る可能性はありますが、回収の移動、洗浄時の水・エネルギー、破損、衛生、顧客の返却負担も考える必要があります。
| 確認する項目 | 見るデータの例 |
|---|---|
| 提供する価値 | 持ち運びやすさ、衛生、受取・返却の手間 |
| 資源と環境 | 容器の使用回数、廃棄量、回収距離、洗浄に使う資源 |
| 活動と費用 | 調達、回収、仕分け、洗浄、保管に要する時間・費用 |
| 利害関係者 | 顧客、従業員、回収業者、地域住民の負担や意見 |
「繰り返し使えるから必ず環境負荷が低い」とは決められません。比較対象、利用回数、輸送と洗浄を含む範囲、データの前提をそろえて比較します。検証が不十分なまま環境に良いと強調すると、実態より良く見せるグリーンウォッシュにつながり得ます。伝える内容は、対象、根拠、比較方法、限界を明確にします。
非営利組織のマーケティング
Section titled “非営利組織のマーケティング”非営利組織も、地域の課題を解決するために、誰にどのような支援や参加機会を届けるかを考えます。利益の分配を主目的としないことと、費用や資金を考えなくてよいことは別です。活動を続けるには、寄付、助成、会費、事業収入などの資源と、その使い道を管理する必要があります。
例:子どもの学習支援を行う団体
Section titled “例:子どもの学習支援を行う団体”支援を必要とする子どもや保護者、学校、ボランティア、寄付者は、それぞれ異なる立場です。寄付者に届く説明と、支援を利用する家庭に届く案内を同じにしてよいとは限りません。
| 相手 | 知りたいこと・障壁 | 工夫の例 |
|---|---|---|
| 利用する家庭 | 場所、費用、申込方法、安心して参加できるか | 分かりやすい案内、相談先、参加しやすい時間 |
| ボランティア | 役割、必要な時間、研修 | 活動内容や支援体制を明示する |
| 寄付者 | 資金の使途、成果と課題 | 会計情報と活動結果を、前提を示して報告する |
評価には参加人数だけでなく、継続参加、利用者の声、支援の質や利用しやすさを組み合わせます。ただし、参加者の成績の変化をすべて支援の成果と断定することはできません。家庭環境や他の支援なども影響するためです。個人情報や当事者の尊厳に配慮し、測定すること自体が負担にならないようにします。
社会志向の進展とサステナビリティ・CSR
Section titled “社会志向の進展とサステナビリティ・CSR”事業活動の影響が広く認識されるにつれ、マーケティングでも、顧客の現在の満足だけでなく、環境や人権、労働、地域社会、将来世代に目を向ける考え方が重視されています。背景には、環境問題や人々の価値観の変化、情報公開の広がり、取引先や社会からの要請などがあります。ただし、これらの影響や対応の優先順位は、企業の事業や地域によって異なります。
| 用語 | 考える対象 | 具体例 |
|---|---|---|
| サステナビリティ | 現在と将来の人々の暮らしや環境、経済活動が続いていくこと | 資源を無理なく使い、働く人の健康や事業の継続も考える |
| CSR(企業の社会的責任) | 企業が活動によって社会や環境に与える影響に向き合う責任 | 安全な商品、公正な取引、働く人への配慮、影響の説明 |
| 社会志向マーケティング | 顧客・企業・社会の長期的な利益をマーケティング判断に反映する考え方 | 商品・価格・流通・伝え方を、環境や地域への影響も考慮して選ぶ |
| ESG | 環境・社会・ガバナンスの観点から企業を捉える枠組み | 排出、労働環境、意思決定や監督体制に関する情報を整理する |
CSRは寄付やボランティアだけではありません。普段の調達、製造、販売、雇用など、本業の活動が持つ影響も含みます。ESGは事業や投資の評価・情報整理に使われる観点であり、CSRやサステナビリティと関連しつつ、同じ意味ではありません。GRIの基礎資料は、組織の経済・環境・人々への影響と関係者を考える参考になります。
管理会計に結び付ける:容器回収の採算と影響
Section titled “管理会計に結び付ける:容器回収の採算と影響”架空の弁当店が、月1,000食について回収容器を試します。比較のため、使い捨て容器は1食30円、回収容器は1食当たり容器の消耗額10円、回収・洗浄などの追加費用18円とします。実績に基づく仮の数字で、税金やその他の変化は考慮しません。
| 比較項目 | 使い捨て | 回収容器 |
|---|---|---|
| 1食当たり費用 | 30円 | 10円 + 18円 = 28円 |
| 月1,000食の費用 | 30,000円 | 28,000円 |
| 月間差額 | — | 2,000円の費用減 |
この2,000円は、示した費用だけを対象とした計算です。初期投資、利用回数、紛失、衛生管理、返却率、回収距離が変われば結論も変わります。容器の消耗額が会計上の配賦額であれば、その減少が同じ月の現金支出削減に直結するとは限りません。
環境面の評価は別途必要です。 費用が安いことだけで環境負荷の低減は証明できません。たとえば返却率、1容器の使用回数、廃棄量、回収距離、洗浄の水・電力を測り、比較範囲とデータの限界を明示します。顧客の返却負担や従業員の作業時間も確認します。
活動ごとに原価を捉える方法は原価計算と活動基準原価計算、変更により増減する収益・費用は差額原価収益分析へつながります。財務と非財務の指標を組み合わせる考え方はバランスト・スコアカードも参考になります。
- 社会志向マーケティングとソーシャル・マーケティングでは、主な問いがどう異なりますか。
- 回収容器のごみが減った場合、それだけで全体の環境負荷が下がったといえますか。
- 非営利組織が利用者と寄付者に同じ案内だけを送ると、何を見落とす可能性がありますか。
- 上の例で回収容器の追加費用が1食23円に増え、その他の前提が同じなら、月1,000食の費用差額はいくらですか。
解答・解説
- 社会志向は顧客・企業・社会の長期的な利益を考慮してマーケティング判断を行う考え方です。ソーシャル・マーケティングは、人々や社会に役立つ行動を促すためのアプローチです。
- いえません。回収・洗浄・輸送や使用回数も含め、同じ範囲・条件で比較する必要があります。
- 利用者が必要とする参加方法や安心感と、寄付者が知りたい資金使途・成果などの違いを見落とす可能性があります。
- 回収容器は1食33円、月33,000円です。使い捨ての30,000円より 3,000円の費用増 になります。環境への影響はこの数字だけでは分かりません。