1. マーケティング概念
マーケティングは何のためにあるのか
Section titled “マーケティングは何のためにあるのか”「良い商品を作ったのに売れない」「売上は増えたが、顧客対応に追われて利益が残らない」。このようなとき、広告や営業を増やすだけでは原因を見誤るかもしれません。誰が何に困り、どのような価値を求め、その価値をどの活動で届けるかを考えることが出発点です。
マーケティングは、顧客や取引先、社会にとって価値のある提供物を構想し、伝え、届け、交換する活動や仕組みです。米国マーケティング協会(AMA)の定義を踏まえて整理すると、販売促進だけでなく、調査、商品・サービスの設計、価格、流通、購入後の関係まで含みます。
たとえば、町の弁当店が近隣事業所を調べ、「忙しい昼休みでも待たずに受け取れる」ことを求める人が多いと分かったとします。予約方法、受取時間、メニュー、価格を考え、提供後の声から改善する一連の取り組みがマーケティングです。チラシを配ることは、その一部です。
マクロとミクロのマーケティング
Section titled “マクロとミクロのマーケティング”マーケティングは、社会全体の仕組みとして見るか、個々の企業や組織の活動として見るかで、問いが変わります。
| 視点 | 注目すること | 弁当店の例 |
|---|---|---|
| マクロ・マーケティング | 生産者から消費者へ商品・情報が流れる社会全体の仕組みと、その影響 | 食材の流通、食品ロス、地域の雇用や消費者の選択肢を考える |
| ミクロ・マーケティング | 個々の企業が、特定の顧客に価値を提供し、事業を続ける活動 | 予約客のニーズを調べ、商品・価格・受け渡し方法を決める |
同じ仕組みでも、店にとっての効率と、地域社会全体への影響は一致するとは限りません。例えば、過度な包装は商品を守る一方、廃棄物を増やす可能性があります。両方の視点で便益と負担を考えます。
なお、マクロ・ミクロのマーケティングは、後述する企業を取り巻くマクロ環境・ミクロ環境とは別の区分です。また、個人や小さな顧客集団に絞る戦略を「マイクロマーケティング」と呼ぶ用法もあります。
マーケティングの役割:価値を届け、事業を続ける
Section titled “マーケティングの役割:価値を届け、事業を続ける”マーケティングの役割は、顧客の望みを理解することから始まり、社内外の活動を結び付けて、継続的な価値提供につなげることです。
- 市場と顧客を理解する。 誰が、どの場面で、何に困っているかを観察・調査する。
- 提供する価値を選ぶ。 どの顧客の、どの課題に応えるかを決める。
- 価値を届ける。 商品・サービス、価格、販売経路、伝え方を組み合わせる。
- 経験を確かめ、改善する。 購入後の利用状況や問い合わせを調べ、活動と結果を見直す。
- 継続可能性を確かめる。 顧客の満足とともに、原価・利益・資金・働く人の負担を確認する。
顧客に喜ばれる取引でも、それを届ける活動の費用が分からなければ、続けられる価格や体制を決めにくくなります。このため、マーケティングは経営の基本と管理会計と結び付きます。
市場環境はなぜ変わるのか
Section titled “市場環境はなぜ変わるのか”企業が向き合う環境は、身近な関係者の変化と、社会全体に及ぶ変化に分けて整理できます。OpenStaxのマーケティング環境の解説も参照してください。
| 区分 | 主な変化要因 | 弁当店への影響例 |
|---|---|---|
| ミクロ環境 | 顧客、競合、仕入先、販売・配送の仲介者など | 近隣の競合店が予約販売を始める、食材の仕入れが不安定になる |
| マクロ環境 | 政治・制度、経済、社会・人口、技術、法規、自然環境など | 在宅勤務の普及で昼の需要が変化する、物価上昇で材料費が増える |
| 自社の内部環境 | 人員、設備、資金、情報、組織の能力 | 調理設備に余力がない、予約情報が手書きで集計しにくい |
マクロ環境を政治・経済・社会・技術・法・環境の観点で整理する方法を PESTLE分析といいます。分類すること自体が目的ではありません。「どの顧客の行動がどう変わり、自社が何を検証すべきか」まで考えるために使います。
例:在宅勤務が増えたら
Section titled “例:在宅勤務が増えたら”オフィス向けの昼食需要が減る一方、住宅地での宅配需要が増えるかもしれません。しかし、社会全体の傾向だけでは、この店の注文がどう変わったかは分かりません。曜日・時間帯・受取方法別の注文数を記録し、近隣企業への聞き取りと併せて確かめます。変化が一時的かどうかも確認し、需要曲線の移動や予想技法につなげます。
顧客満足(CS)を考える
Section titled “顧客満足(CS)を考える”顧客満足(Customer Satisfaction:CS)は、顧客が購入前に抱いた期待と、購入・利用後に感じた経験を比べて生じる評価として捉えられます。期待を上回れば満足しやすく、下回れば不満につながりやすいと考えられます。ただし、満足は品質だけで決まらず、価格、納期、説明、問い合わせ対応、顧客自身の状況などにも左右されます。
| 顧客の期待 | 実際の経験 | 考えられる反応 |
|---|---|---|
| 12時に受け取りたい | 予約時刻どおりに受け取れた | 期待どおりで安心した |
| 内容が分かりやすいと思っていた | アレルギー表示が分かりにくかった | 不安や不満が残った |
| 手早い受取を重視していた | 注文後に長く待った | 次回は別の店を検討するかもしれない |
満足度が高くても、必ず再購入するとは限りません。競合の価格、立地、利用頻度、他の選択肢も影響します。反対に、苦情が少ないことだけでは満足の高さは分かりません。声を上げずに離れる顧客もいるためです。
例題:アンケートの数字をどう読むか
Section titled “例題:アンケートの数字をどう読むか”予約サービスの利用者にアンケートを送り、回答した40人のうち32人が「満足」と答えました。回答者の満足割合は 32 ÷ 40 = 80% です。
ただし、案内を送った人数、未回答者の特徴、回答が利用者全体を代表するかが分からなければ、全利用者の80%が満足しているとは言えません。「なぜ満足・不満か」を自由記述や聞き取りで補い、待ち時間、再注文、問い合わせなども併せて見ます。詳しくは統計学の学習入口を参照してください。
マーケティングの方向性
Section titled “マーケティングの方向性”企業の考え方を整理する際には、次のような方向性を区別すると、何を重視して意思決定しているか見えやすくなります。実際の企業は一つだけに固定されず、複数の考え方を組み合わせます。OpenStaxの概説も参考にしてください。
| 方向性 | 重視すること | 弁当店での例と注意点 |
|---|---|---|
| 生産志向 | 効率よく作り、入手しやすくする | 大量調理でコストを下げる。ただし顧客が求める品ぞろえを見落とすことがある |
| 製品志向 | 品質・性能を高める | 食材を吟味する。ただし顧客に必要のない改良は価値につながらないことがある |
| 販売志向 | 販売活動や説得を強める | 広告や営業を増やす。ただし顧客の課題との不一致は解消しないことがある |
| マーケティング志向 | 対象顧客の課題を理解し、競合より適切な価値を届ける | 待ち時間を調査し、予約受取を設計する |
| 社会的マーケティング志向 | 顧客の満足と、長期的な社会の利益を併せて考える | 食品ロスや包装も考慮し、無理なく継続できる方法を探る |
これらは「古いものから新しいものへ順番に置き換わる」という単純な話ではありません。生産効率や品質も大切ですが、誰にとっての価値かを確かめながら、組み合わせを判断します。
管理会計へつなげる:予約サービスの意思決定
Section titled “管理会計へつなげる:予約サービスの意思決定”架空の弁当店で、予約受取を導入する場合を考えます。従来の販売に加えて、1か月に予約弁当を100個販売できる見込みです。1個の売上は800円、食材や容器など追加で発生する変動費は500円、予約システムの追加月額費用は15,000円とします。税金やその他の変化は考慮しない単純化した例です。
| 項目 | 計算 | 1か月の増分 |
|---|---|---|
| 売上 | 800円 × 100個 | 80,000円 |
| 変動費 | 500円 × 100個 | 50,000円 |
| 限界利益 | 80,000円 − 50,000円 | 30,000円 |
| システム費用控除後 | 30,000円 − 15,000円 | 15,000円 |
この試算は予約分がすべて追加販売となり、調理・受渡しに余力があると仮定しています。既存の店頭販売から予約へ移っただけなら、その分を増分売上として数えてはいけません。人件費、機会費用、廃棄、既存顧客への影響なども必要に応じて見直します。
マーケティングは「待たずに受け取れる」という価値を見つけ、管理会計は、その価値を届ける活動と費用を測って実行可能性を検討します。予約件数、調理時間、受け渡し回数、待ち時間を継続記録すれば、原価計算・活動基準原価計算や差額原価収益分析にも活用できます。配賦原価の低下が、そのまま現金支出の削減になるとは限らない点にも注意します。
- 店がチラシを増やす前に、顧客の待ち時間を調べるのはなぜですか。
- 「仕入先の変更」と「地域人口の減少」は、それぞれどの環境の変化ですか。
- アンケート回答者の満足率が80%なら、顧客全体も80%といえますか。
- 上の予約弁当の例で、他の前提が同じ場合、追加販売が50個ならシステム費用控除後はいくらですか。
解答・解説
- 顧客が何を価値と感じ、どこに問題があるかを把握してから、商品や受取方法、伝え方を選ぶためです。
- 仕入先はミクロ環境、地域人口はマクロ環境の例です。実際の影響は市場や地域によって異なります。
- いえません。回答者の割合であり、未回答者を含む全体については回答の偏りを確認する必要があります。
- 1個当たり限界利益は300円なので、50個では15,000円。システム費用15,000円を引くと 0円 です。他の増分費用や既存販売からの移行は考慮していません。