コンテンツにスキップ

7. マーケティング・リサーチ

マーケティング・リサーチは何のために行うのか

Section titled “マーケティング・リサーチは何のために行うのか”

「顧客は短納期を求めている」「新しい店舗の周辺には需要がある」。このような考えは、調べる前は仮説です。経験や勘は仮説を作る出発点になりますが、それだけでは、誰が何を求め、どれくらいの費用をかける価値があるかは分かりません。

マーケティング・リサーチは、マーケティング上の問題や機会を理解し、意思決定に役立てるために、必要な情報を設計・収集・分析し、結果を伝える活動です。AMAの定義も、調査の設計から情報の収集、分析、結果の伝達までを含めています。

市場細分化で考えた顧客の違いや、標的市場設定で選んだ対象が適切かどうかも、調査で確かめます。この記事では、食材卸売業の架空企業青葉商店が、飲食店向けの小口・短納期配送を検討する例を使います。

段階行うこと青葉商店の例
問題の明確化どの判断に使うかを決める小口配送の提供範囲と料金を決めたい
仮説・調査課題調べたい事柄を具体化する欠品に困る店ほど短納期を重視するか
調査設計対象、方法、質問、期間、費用を決める既存・未取引の飲食店を対象に聞き取りと調査を行う
情報収集必要なデータを適切に集める受注履歴、顧客の声、地域の事業所情報を集める
整理・分析欠損や重複を確認し、集計・比較する注文頻度と希望納期をグループ別に比べる
解釈・報告結果、根拠、限界、判断への影響を示すサービス案と費用、回答の偏りを伝える
実行・検証試行後の結果から、仮説と計画を見直す限られた地域で試し、利用と採算を確認する

調査を始める前に「何が分かれば、何を決めるか」を定めます。質問を大量に集めても、意思決定と結び付かなければ時間や費用が無駄になりかねません。調査で得られたことと、そこからの推測は区別します。

種類目的例
探索的調査問題や仮説を見つける顧客への聞き取りで、欠品や発注の悩みを探る
記述的調査状況や特徴を把握する注文頻度、希望納期、認知率を調べる
因果関係を検討する調査施策の変更が結果に影響するかを調べる条件を設計して、案内方法の違いによる反応を比較する

探索で得た少人数の声は、有用な仮説の種です。ただし、その割合が市場全体に当てはまるとは限りません。記述的な調査で関連が見えても、それだけで原因と結果は決まりません。

内容主な例
一次データ調査目的に合わせて新たに集める情報インタビュー、アンケート、観察、実験
二次データ既に別の目的などで作成・収集された情報公的統計、業界資料、既存の売上・受注記録

一次データは目的に合わせやすい一方、収集の費用と時間が必要です。二次データは手早く利用できることがありますが、集計対象、定義、作成年、利用条件が自社の目的と合うか確認します。自社データも今回の調査から見れば既存データです。

方法どのように調べるか向いている問い注意点
文献・データ調査公的統計、業界資料、自社記録などを見る市場の規模や過去の変化はどうか出典、定義、鮮度、対象範囲を確認
アンケート同じ質問を複数の人に尋ねる希望納期や利用頻度はどう分布するか質問文、対象者、無回答の偏りに注意
個別インタビュー一人ずつ詳しく聞くなぜ困っているのか、判断の背景は何か発言を全体の割合とみなさない
グループインタビュー複数人の対話から意見を探る商品への反応や発想を探る他人の発言や進行役の影響を受ける
観察購買・利用・業務の行動を見る発注や受取のどこで手間が生じるか見られていることで行動が変わることがある
実験条件を変え、結果を比較する案内方法の変更が注文に影響するか比較条件、割当方法、期間を設計する

聞き取りや観察は、行動の理由や文脈を掘り下げる定性的調査に、アンケート集計や販売データ分析は、数や割合を調べる定量的調査によく使われます。一つの方法がどちらかに固定されるわけではありません。少人数の聞き取りで仮説を作り、調査対象を広げて確かめるなど、組み合わせます。

アンケート:誰に、何を、どう尋ねるか

Section titled “アンケート:誰に、何を、どう尋ねるか”

例えば「短納期で便利な小口配送をぜひ使いたいですか」という質問は、便利だと決めつけ、肯定的な答えを誘導するおそれがあります。次のように、現在の行動と条件を分けて聞く方が判断しやすくなります。

  1. 現在、食材を週に何回注文していますか。
  2. 発注から何日以内の納品が必要になることがありますか。
  3. 小口・短納期の配送について、料金や注文条件が異なる場合、どの条件なら利用を検討しますか。

選択肢は重ならないようにし、「分からない」「該当しない」などが必要か考えます。専門用語を避け、予備調査で質問の意味が伝わるか確認します。「利用したい」という回答は、料金を支払って実際に利用することを保証しません。

インタビュー・観察:言葉と行動の両方を見る

Section titled “インタビュー・観察:言葉と行動の両方を見る”

「なぜその仕入先を使うのか」「欠品するとどの業務が止まるのか」を具体的な経験に沿って尋ねます。発注から検品までの作業を観察すると、本人が意識していなかった手間が見えることもあります。調査の目的や記録方法を説明し、必要な範囲で情報を扱います。

実験・A/Bテスト:施策の影響を比較する

Section titled “実験・A/Bテスト:施策の影響を比較する”

例えば顧客への案内文AとBの反応を比べる場合、対象者を適切に無作為に割り当て、同じ期間・条件で測ると、顧客構成の違いなどを抑える助けになります。注文率が違っても、標本数が少ない場合や実施時期・対象が異なる場合は、偶然や他の要因を考慮します。実験の設計は統計学の実験、結果の不確実性は推定と仮説検定につながります。

Webアンケート、アクセス解析、検索語、購買履歴、SNS上の公開投稿、位置情報を活用した集計などは、変化を継続的に捉える手段です。ただし、データに現れるのは、その媒体やサービスを利用した人の一部です。SNSの投稿数が、そのまま全顧客の意見や人数を表すとは限りません。取得方法、同意や利用条件、重複、自動投稿なども確認します。

調べたい対象全体を母集団、その一部を取り出したものを標本といいます。例えば「地域のすべての飲食店」を対象としたいのか、「青葉商店と取引した飲食店」だけなのかで、結果の適用範囲は変わります。

全数調査は対象全体を調べる方法で、標本調査は一部から全体を推測する方法です。全数調査でも無回答や回答ミスがあれば誤差は生じます。標本調査では、抽出のばらつきだけでなく、名簿に載っていない対象や回答しない人による偏りも問題になります。総務省統計局の解説と標本抽出も参照してください。

確率抽出:選ばれる仕組みを設計する

Section titled “確率抽出:選ばれる仕組みを設計する”
方法抽出の仕方例と注意点
単純無作為抽出名簿から、各対象が同じ確率で選ばれるように抽出する全店舗の名簿から無作為に選ぶ。名簿の漏れや無回答に注意
系統抽出無作為に開始位置を選び、一定間隔で抽出する名簿から10件ごとに選ぶ。並びに周期性があると偏ることがある
層化抽出業種・地域などの層に分け、各層から抽出する小規模店と大規模店に分けて調べる。抽出比率が異なる場合は推定方法にも注意
集落抽出店舗が集まる地域などの集団を抽出する複数の地域を選び、その地域の対象を調べる。同じ地域内が似ると精度に影響する
多段抽出地域、店舗などを複数段階で抽出するまず地域を選び、次にその地域の店舗を選ぶ。各段階の抽出方法を記録する

層化抽出は、まず層を分け、各層から対象を選びます。集落抽出は、まず地域などの集団自体を選びます。多段抽出では、選ばれた集団の中からさらに一部を選ぶこともあります。総務省統計局:標本抽出の諸方法も参照してください。

非確率抽出:使い方と限界を明示する

Section titled “非確率抽出:使い方と限界を明示する”

協力しやすい人に頼む便宜抽出、条件を決めて人数を集める割当抽出、紹介を通じて対象を増やす雪だるま式抽出なども使われます。探索や対象に接触しにくい場合に役立ちますが、各人が選ばれる確率が分からないなどの理由から、標本の割合をそのまま母集団全体の割合とみなすことはできません。

例題:回答割合と全体への推測

Section titled “例題:回答割合と全体への推測”

既存顧客100店にWeb調査を案内し、40店が回答、そのうち24店が短納期を希望しました。回答者の希望割合は24 ÷ 40 = 60%、回答率は40 ÷ 100 = **40%**です。

しかし、回答しなかった60店の希望が分からないため、既存顧客全体の60%が希望すると断定できません。さらに、未取引の店舗は対象に入っていません。回答しやすさや利用頻度に偏りがないかを確認し、必要なら別の方法で補います。標本数を増やすだけで、抽出・無回答の偏りが自動的に消えるわけではありません。

方法何を調べるか使うときの注意
単純集計回答数、割合、平均など分母、欠損、対象人数を示す
クロス集計二つの項目の組み合わせ各グループの人数や割合の分母を確認する
時系列比較時間に伴う変化季節、価格変更、対象の変化を考える
相関・回帰数値同士の関係や予測関係だけで因果関係を断定しない
推定・検定母集団についての不確実性を考える抽出方法や前提、標本数を確認する
定性データの整理発言や観察から共通する課題を探す少数の発言を全体の割合として扱わない

回答した40店を、月の注文回数が多い20店と少ない20店に分けます。短納期を希望したのは、それぞれ16店、8店でした。

注文回数短納期を希望希望しない回答数グループ内の希望割合
多い16店4店20店80%
少ない8店12店20店40%
合計24店16店40店60%

この回答者の中では、注文回数が多いグループの希望割合が高くなっています。ただし、注文回数が希望の原因とは限らず、業種や規模など他の違いも考えられます。前の例と同様に、回答しなかった店舗や未取引店舗にそのまま一般化することはできません。クロス集計と相関も参照してください。

商圏調査は、店舗やサービスを利用する顧客がどの地域から来るか、また、その地域にどのような需要や競合があるかを調べることです。商圏は円を描けば自動的に決まるものではありません。道路、移動時間、交通機関、人口、競合、商品や来店目的によって変わります。

手順確認すること利用できる情報の例
対象と範囲店舗、配送拠点、候補地域、移動手段徒歩・車の移動時間、既存配送区域
顧客の分布実際にどこから利用されるか購入記録、来店時の調査、配送先
地域の需要人口や事業所、昼夜の人の動き公的統計、事業所情報、地域メッシュ
競合と障壁店舗、価格、品ぞろえ、道路や地形店舗調査、地図、交通条件
判断と検証出店・配送条件を比較し、開業後も見直す売上、来店、配送時間、顧客の声

RESASの地域人口メッシュ分析などの集計情報は、地域の特徴を調べる手掛かりになります。ただし、居住人口や通過人口は来店数ではなく、同じ人が繰り返し通過する場合もあります。対象期間、推計方法、利用者の偏り、個人情報の扱いを確認します。

例題:人口が多ければ必ず有望か

Section titled “例題:人口が多ければ必ず有望か”

候補地Aは周辺の居住人口が多く、候補地Bは少ないとします。この情報だけでAに出店すればよいでしょうか。

答え: 決められません。競合、移動時間、昼間の人口、顧客が求める商品、家賃、人員なども影響します。地域の人数をそのまま購入人数にせず、調査と試算を重ねます。需要予測や投資を伴う意思決定につながります。

調査では、対象者の情報や発言を扱います。個人情報保護法の適用や必要な対応は、情報の内容、取得方法、利用・提供の形態によって異なります。以下は検討の入口であり、個別の適法性を判断するものではありません。

  • 利用目的:何のために情報を使うかをできる限り特定し、取得時の通知・公表・明示など、状況に応じたルールを確認する。本人がフォームやアンケートに記入した情報を直接取得する場合は、原則としてあらかじめ利用目的を明示する必要があります。例外や具体例は個人情報保護委員会のQ&Aを確認してください。
  • 必要な範囲と管理:目的に必要な情報かを考え、アクセス権、保存、委託先、削除などの管理方法を定める。
  • 第三者への提供:個人データを外部に渡す場合、同意や法令上の例外など適用される要件を確認する。加工や集計をしただけで、必ず個人を特定できなくなるとは限らない。
  • 倫理と透明性:調査目的や記録方法を分かりやすく伝え、参加者が不利益を受けないよう配慮する。結果の引用・利用条件も確認する。

位置情報、Cookie、購買履歴などは、情報の組み合わせや取得・提供方法によって検討事項が変わります。実施時点の個人情報保護委員会のガイドラインを確認し、必要に応じて専門家に相談します。

10. 調査結果を管理会計につなげる

Section titled “10. 調査結果を管理会計につなげる”

調査は「短納期を希望する顧客がいる」で終わらせず、誰に、何を提供し、その活動にどれだけ資源が必要かを考えるために使います。

例えば、試験地域の顧客が追加配送を希望した場合、注文数だけでなく、配送距離、件数、仕分け時間、追加の車両・人員、顧客が受け入れる料金を調べます。これを活動基準原価計算で活動ごとに整理し、実際に増減する費用と収益を差額原価収益分析で比較します。

予測には幅があります。希望者全員が注文するという前提を置かず、基準・上振れ・下振れを設け、利益と資金の両方を試算します。実施後は顧客の反応、納期、採算を測り、調査時の仮説を更新します。

  1. 顧客へのインタビューで10人中8人が短納期を希望しました。市場全体の80%が希望すると言えますか。
  2. 全店舗を小規模・大規模の二つに分け、各グループから無作為に選ぶ方法は何ですか。
  3. 希望納期と注文回数に関連が見えれば、注文回数が希望納期を変えたと結論できますか。
  4. 40店中24店が短納期を希望し、全対象100店のうち40店が回答したとき、回答者の希望割合と回答率はいくらですか。
  5. 商圏の居住人口が多いだけで出店を決められますか。ほかに何を確かめますか。
解答・解説
  1. 言えません。少人数の聞き取りは仮説を見つける助けになりますが、対象の選び方や人数から市場全体を代表するとは限りません。
  2. 層化抽出です。各層から選ぶ点が、地域などの集団を選ぶ集落抽出と異なります。
  3. 結論できません。業種・店舗規模など別の要因や偶然の可能性も検討します。
  4. 回答者の希望割合は24 ÷ 40 = 60%、回答率は40 ÷ 100 = **40%**です。無回答者を含む全体の希望割合は不明です。
  5. 決められません。競合、移動時間、人口の特徴、家賃、必要な人員、顧客の利用目的などを確認します。

第6回:標的市場設定へ戻る

8. 消費者行動:購入までの判断と購入後の経験 →