3. 戦略的マーケティング
戦略的マーケティングは何を決めるのか
Section titled “戦略的マーケティングは何を決めるのか”顧客の要望を一つずつ聞いて対応するだけでは、人員・設備・資金が足りなくなることがあります。戦略的マーケティングは、環境と自社の能力を踏まえ、「誰の、どのような課題に、どの価値を、どんな活動で届けるか」を選び、限られた資源を配分する考え方です。
第1回で学んだ顧客価値、第2回の社会・環境への視点を、実際の選択と計画につなげます。市場機会があっても、事業の能力や採算、社会への影響を無視してよいわけではありません。
この記事では、地域の飲食店に食材を卸す架空の青葉商店を例にします。青葉商店は小口配送が得意ですが、注文の受付が電話中心で、処理に時間がかかっています。
戦略的マーケティングの枠組み
Section titled “戦略的マーケティングの枠組み”| 段階 | 問い | 青葉商店での例 |
|---|---|---|
| 目的・領域 | 何のために、どの事業を行うか | 飲食店の欠品と過剰在庫を減らす |
| 環境分析 | 顧客・競合・社会・自社はどう変わるか | 小口需要、配送費、競合の納期を調べる |
| 戦略の選択 | 誰に何を提供し、どう競争するか | 小規模店向けの小口・短納期に集中する |
| 施策の設計 | 商品、価格、経路、伝え方をどう組み合わせるか | 注文の締切、配送地域、料金を設計する |
| 実行・評価 | 活動をどう測り、何を見直すか | 顧客別利益、納期、配送件数、継続率を追う |
戦略は実行して終わりではありません。顧客の反応、競合、資源の制約を測り、仮説と計画を更新します。管理会計の経営戦略では、計画・原価・資金との関係も扱っています。
環境分析:外と内を調べる
Section titled “環境分析:外と内を調べる”| 道具 | 主な問い | 青葉商店で調べる例 |
|---|---|---|
| PEST | 政治・制度、経済、社会、技術の変化は何か | 物価・配送費、人手不足、飲食店の営業形態、注文のデジタル化 |
| 3C | 顧客・競合・自社を比べると何が見えるか | 店舗の必要な納期、競合の最低注文量、自社の配送能力 |
| 5フォース | 市場の競争圧力はどこから生じるか | 既存競合、新規参入、代替品、買い手・仕入先の交渉力 |
| 内部分析 | 自社は何をでき、何が不足するか | 配送網、受注処理、資金、人材、データの質 |
例えば「飲食店は小口配送を望む」というのは、確認前は仮説です。顧客への聞き取りと注文履歴で、注文量、欠品の頻度、支払意思を確かめます。情報の出典や対象時点を記録し、平均だけでなく顧客ごとの差も見ることが大切です。
5フォースで競争圧力が強いと分かっても、個々の企業の利益が必ず低いと決まるわけではありません。市場の範囲をどう定義するか、企業ごとにどの能力を持つかも結果に影響します。
戦略ドメイン:どこで事業を行うか
Section titled “戦略ドメイン:どこで事業を行うか”戦略ドメインは、自社が事業を行う領域を定める考え方です。商品名だけで区切ると、顧客の課題や代替手段の変化を見逃すことがあります。次の三つを組み合わせて定義すると、事業の境界を検討しやすくなります。
| 観点 | 問い | 青葉商店の例 |
|---|---|---|
| 顧客 | 誰のためか | 地域の小規模飲食店 |
| 顧客機能 | どんな課題を解決するか | 欠品を避け、過剰在庫を減らす |
| 技術・方法 | どのように価値を届けるか | 小口仕分け、短納期配送、注文情報の連携 |
「食材を売る」よりも、「小規模飲食店が必要な食材を必要な量だけ確保できるようにする」と考えると、注文支援や在庫情報の提供も選択肢に入ります。ただし、定義を広げすぎると何に資源を集中するか曖昧になります。自社の目的、能力、対象地域も踏まえて選びます。
製品・市場マトリクス:成長の方向を整理する
Section titled “製品・市場マトリクス:成長の方向を整理する”アンゾフの製品・市場マトリクスは、既存・新規の製品と市場を組み合わせ、成長の方向を比較します。ここでの「市場」は、地域だけでなく顧客層や用途の違いでも定義できます。
| 既存市場 | 新規市場 | |
|---|---|---|
| 既存製品 | 市場浸透:既存顧客の利用を増やす。例:定期注文を提案 | 市場開拓:別地域や別顧客層に届ける。例:隣接地域の飲食店へ販売 |
| 新製品 | 製品開発:既存顧客に新しい商品・サービスを提供。例:下処理済み食材を追加 | 多角化:新市場に新製品を提供。例:家庭向けの食材セットを始める |
新規市場・新製品の組み合わせは未知の要素が増えやすいものの、危険度が必ず一律に決まるわけではありません。顧客理解、設備、人材、競合、必要資金の違いを確認します。「新製品かどうか」は自社を基準に明示し、既存顧客への新サービスと、別の顧客層への参入を混同しないことが重要です。
PPM:事業の組み合わせと資源配分
Section titled “PPM:事業の組み合わせと資源配分”プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)は、複数の事業や製品を一つずつ見るだけでなく、全体として資金・人材をどう配分するか考える方法です。代表的なBCGの成長・シェア・マトリクスでは、市場成長率と相対的市場シェアを使います。BCGの原資料を参照してください。
| 相対シェアが高い | 相対シェアが低い | |
|---|---|---|
| 市場成長率が高い | 花形(スター):成長機会が大きいが、投資も必要になりやすい | 問題児:成長市場にいるが、地位を築くための投資や選択が必要 |
| 市場成長率が低い | 金のなる木:投資需要が比較的小さく、資金を生む可能性がある | 負け犬:成長・シェアが低く、役割や継続条件を個別に点検する |
例題:相対シェアを計算する
Section titled “例題:相対シェアを計算する”ある市場で青葉商店の売上が2,000万円、最大競合が4,000万円とします。自社が首位ではないので、相対シェアは 2,000万円 ÷ 4,000万円 = 0.5 です。市場全体の売上が前期1億円、今期1億1,000万円なら、市場成長率は 10% です。
高・低の境界を仮に相対シェア1.0、市場成長率5%と定めれば、この事業は「問題児」に分類されます。ただし境界は分析目的や業界によって設定します。自社が首位の場合は、通常は次位の競合を比較対象とします。市場の範囲、期間、売上・数量などシェアの基準をそろえることも必要です。
分類は議論の入口であり、投資・撤退を自動的に決める答えではありません。低成長・低シェアでも、黒字の小規模市場、他事業への送客、共通顧客へのサービスなどの役割があります。シェアが高くても必ず現金を生むとは限らず、実際の利益、投資額、資金繰りを確認します。事業部の業績評価や投資を伴う意思決定も参照してください。
競争戦略:どんな強みで選ばれるか
Section titled “競争戦略:どんな強みで選ばれるか”競争戦略は、顧客に提供する価値と、競合に対する位置づけを考えるものです。代表的には次のように整理できます。
| 考え方 | 主な狙い | 青葉商店の選択例 |
|---|---|---|
| コスト優位 | 活動全体の費用構造を改善し、競争力を得る | 配送ルートの集約や入力の自動化で処理費用を下げる |
| 差別化 | 顧客が価値を認める違いを提供する | 欠品しにくい短納期や正確な仕分けを提供する |
| 集中 | 特定の顧客・地域・用途を選び、その領域に合う戦い方をする | 小規模飲食店に絞り、小口対応に特化する |
コスト優位は単に安売りすることではありません。差別化も機能を増やせば成立するとは限らず、顧客がその違いを必要とし、価格や継続取引に結び付くかを検証します。複数の要素を組み合わせる場合も、互いに無理なく支え合う活動か、競合が模倣しやすくないかを考えます。
SWOT分析:整理から行動へ
Section titled “SWOT分析:整理から行動へ”SWOT分析は、自社の強み(Strengths)・弱み(Weaknesses)と、外部の機会(Opportunities)・脅威(Threats)を整理する道具です。自社の外にある競合の動きを、自社の強みと混同しないようにします。
| プラスの要因 | マイナスの要因 | |
|---|---|---|
| 内部 | 強み:小口の仕分け経験、地域の配送網 | 弱み:電話注文に依存し、入力時間が長い |
| 外部 | 機会:小規模店の小口・短納期需要 | 脅威:燃料費上昇、大手による配送サービス |
クロスSWOTで選択肢を作る
Section titled “クロスSWOTで選択肢を作る”- 強み×機会:既存の配送網を使い、小規模店向けに時間帯を絞った小口配送を試す。
- 弱み×機会:注文入力を改善し、小口需要に対応できる処理能力を増やす。
- 強み×脅威:地域の配送密度を活かして回数やルートを見直す。
- 弱み×脅威:電話依存のまま燃料費が上がる場合の採算悪化を試算し、最低注文条件を検討する。
各項目は事実とは限らないため、「小口需要は本当に増えているか」「入力改善で何時間空くか」を検証します。優先順位は、顧客価値、実行費用、効果、不確実性、実施能力を比較して決めます。
価値連鎖:顧客価値と活動をつなぐ
Section titled “価値連鎖:顧客価値と活動をつなぐ”**価値連鎖(バリューチェーン)**は、商品・サービスを顧客へ届けるまでの活動を分け、どの活動が価値や費用を生むかを考える枠組みです。活動間のつながりも重要です。
| 活動 | 青葉商店の仕事 | 測定の例 |
|---|---|---|
| 購買・入荷 | 食材の調達、検品、保管 | 発注件数、欠品、廃棄量 |
| 作業・仕分け | 小口単位への分割、梱包 | 仕分け回数、作業時間、誤出荷 |
| 出荷・配送 | ルート計画、配送 | 配送件数、距離、納期遵守率 |
| 販売 | 顧客調査、価格設定、受注 | 見積件数、受注時間、継続率 |
| サービス | 問い合わせ、返品・改善 | 対応件数、解決時間、再発率 |
| 支援活動 | 人材、情報システム、経理、調達管理など | 教育時間、入力精度、システム費用 |
顧客が短納期を重視するなら、配送費を減らすだけでなく、受注情報から仕分け・配送までの時間を短縮できるかを考えます。どの活動が価値を生み、どの活動に資源を消費するかを整理することで、活動基準原価計算(ABC)の活動と原価ドライバーの検討に進めます。
例題:注文件数と利益
Section titled “例題:注文件数と利益”架空の顧客AとBは、それぞれ月売上100万円、商品に直接対応する費用60万円です。受注処理の活動原価率を1件2,000円、注文数をAは10件、Bは50件と仮定します。
| 顧客 | 売上 − 商品に直接対応する費用 | 受注処理の活動原価 | ここまでの差引 |
|---|---|---|---|
| A | 40万円 | 2万円 | 38万円 |
| B | 40万円 | 10万円 | 30万円 |
差は8万円です。ただし、これらは共通費等を引いた最終利益ではありません。活動原価に固定給が含まれる場合、注文件数を減らしても、現金支出が直ちに同じ金額だけ減るとは限りません。まとめ発注の提案、注文入力の簡素化、サービス価格の設定などを比較し、顧客価値や余力の活用も確認します。差額原価収益分析につながる判断です。
デファクト・スタンダード:市場で広がった事実上の標準
Section titled “デファクト・スタンダード:市場で広がった事実上の標準”デファクト・スタンダードは、法令や公的な標準化機関が定めたかどうかとは別に、市場で広く使われ、事実上の標準として機能する方式や規格です。公的な手続きで定められるデジュール・スタンダードとは成立の経緯が異なります。両者は排他的ではなく、広く普及した方式が後に正式な標準になることもあります。
例えば、取引先の多くが特定の注文データ形式を使うようになれば、青葉商店も対応すると受注しやすくなる可能性があります。利用者や対応する企業が増えるほど、その方式の利便性が増す現象をネットワーク効果と呼びます。ただし、普及の理由は互換性、価格、販売力など複数あり、標準になれば必ず利益が出るわけではありません。
導入時は、連携費用、データの移行、他方式との互換性、取引先への依存、変更しにくくなるリスクも確認します。対応費用と顧客が得る利便性を分けて測り、特定の方式に依存する場合の代替策も考えます。
コア・コンピタンス:複数の事業を支える能力
Section titled “コア・コンピタンス:複数の事業を支える能力”コア・コンピタンスは、企業が組織として蓄積した、事業の競争力を支える重要な能力です。個々の設備や担当者の技能だけでなく、技術・経験・情報・部門間の連携を組み合わせた能力として考えます。PrahaladとHamelの原著を参照してください。
青葉商店の候補が「多品種の小口注文を正確に短時間で仕分け、配送につなぐ能力」だとします。次の問いで検討します。
- 顧客価値に貢献するか。 欠品防止や待ち時間の短縮に役立っているか。
- 複数の機会に活かせるか。 飲食店以外の施設向け配送などにも応用できるか。
- 模倣されにくいか。 設備だけでなく、手順・人材・情報の組み合わせに経験が蓄積されているか。
単に「長年の経験がある」「社員が頑張る」だけでは強みの証明になりません。実際の納期、誤出荷、作業時間、顧客評価を調べ、競合と比較します。能力を維持・育成するための教育費や情報整備も、戦略上の投資として検討します。
計画・予算・検証につなげる
Section titled “計画・予算・検証につなげる”青葉商店が「地域の小規模飲食店に、小口・短納期で食材を届ける」方針を選んだら、戦略を実行できる数字と行動に落とします。
| 仮説・目標 | 指標の例 | 確認する行動 |
|---|---|---|
| 顧客は欠品防止に価値を感じる | 継続率、納期遵守率、顧客の声 | 顧客に聞き取り、注文の緊急性を確認 |
| 受注の効率化で小口対応が可能になる | 注文1件当たりの処理時間、入力ミス | 一部顧客で入力方法を試す |
| 小口配送を持続できる | 顧客別の限界利益、配送件数、増分費用 | 配送頻度・料金・能力の組み合わせを試算 |
| 環境・社会への影響を考慮する | 廃棄量、配送距離、残業時間 | 欠品防止と廃棄・負担の両方を確認 |
指標が改善しても、他の要因で変化した可能性があります。期間、対象顧客、季節、競合施策を記録し、必要なら比較対象を設けます。数量・単価・活動量・資金の仮定をつないだ計画は、利益計画・予算編成とバランスト・スコアカードで詳しく扱います。
- 食材卸売業が「食品を売る」だけでなく「小規模飲食店の欠品を防ぐ」と事業領域を考える利点は何ですか。
- 既存顧客に下処理済み食材を初めて提供する施策は、製品・市場マトリクスのどこに当たりますか。
- 自社売上300万円、最大競合600万円、市場全体が前期2,000万円から今期2,200万円になった場合、相対シェアと市場成長率はいくらですか。
- 受注処理の活動原価が8万円減る計算になれば、必ず現金支出も8万円減りますか。
- 多くの取引先が使う注文形式を導入するとき、利便性以外に何を確認しますか。
解答・解説
- 商品だけでなく顧客の課題から、注文支援や配送などの選択肢を考えられます。一方、範囲を広げすぎないよう能力や対象も定めます。
- 新製品を既存市場へ提供する製品開発です。新しいかどうかは自社と対象市場を基準に確認します。
- 相対シェアは300 ÷ 600 = 0.5、市場成長率は(2,200 − 2,000)÷ 2,000 = 10% です。高低の分類は基準の設定次第です。
- 必ずしも減りません。固定給や設備などの費用が含まれる場合、配賦額と実際に変化する支出は異なります。
- 導入・移行費用、互換性、データの扱い、取引先や方式への依存、他の選択肢を確認します。